
京都市上京区に所在する妙蓮寺は、本門法華宗の大本山であり、正式には「大本山妙蓮寺」と称する。山号は卯木山である。本尊には十界曼荼羅(別名・法華首題牌)を安置している。
妙蓮寺は、法華宗(一般に日蓮宗)において、京都に所在する二十一本山の一つに数えられるほか、日蓮宗京都十六本山の一つにも位置づけられている。中でも本門法華宗においては宗門の中核を成す寺院として知られ、多くの信徒を集める拠点である。
創建は鎌倉時代末期の永仁2年(1294年)とされ、開山は日蓮の孫弟子である日像上人である。当初は五条西洞院にあったが、戦乱や都市整備の影響を受けて何度か移転し、天正15年(1587年)に豊臣秀吉の命により現在地に定められた。
境内には、江戸時代初期に作庭された枯山水庭園「十六羅漢石庭」や、赤穂義士の遺髪墓、近代日本画家・幸野楳嶺の墓など、文化的・歴史的価値の高い見どころが多く存在する。とりわけ「御会式桜」は、10月から翌春まで咲き続ける珍種として名高く、花の寺としても広く親しまれている。
四季折々の自然と、日蓮宗の信仰を今に伝える格式ある寺院として、妙蓮寺は歴史と文化を感じさせる貴重な存在である。
歴史
鎌倉時代(1293年~1295年)
- 日蓮の孫弟子・日像により創建された。
- 日蓮の遺命により、京都での布教(帝都弘通宗義天奏)を開始した。
- 造酒屋「柳屋」仲興が日像に帰依し、その未亡人が邸内に一宇を建立し、「卯木山妙法蓮華寺」と称した。
- 寺は「柳寺」とも呼ばれ、山号の「卯木山」は「柳」の字を分けたことに由来する。
室町時代(1394年~1428年)
- 応永年間に日興により大宮四条下ルに再建された。
- 1420年頃、妙顕寺を退出した日慶、日存、日道、日隆らが庵を結び、伽藍を移築造営した。
- 日慶は後に本門八品門流として寺号を妙蓮寺とした。
戦国時代(1473年~1587年)
- 1473年、四条堀川に移転し、道輪寺学室を設け、本化教学の道場を開いた。
- 1536年、天文法華の乱で焼失し、住持は一時堺に避難した。
- 1542年、帰洛勅許により再興された。
- 1587年、豊臣秀吉の聚楽第造営に伴い、現在地に移転し、塔頭27院を有する大寺院となった。
江戸時代(1603年~1868年)
- 法華経の教えに基づく番神信仰が広がり、境内に鬼子母神、十羅刹女、三十番神を祀った。
- 1633年、末寺は34カ寺を数えた。
- 1730年、西陣焼けにより一部が焼失した。
- 1788年、天明の大火で焼失し、宝蔵・鐘楼は焼け残った。
- 寛政年間より再建が始まった。
幕末(1864年~1867年)
- 薩摩藩が寺を利用し、野戦病院とした。
- 1864年、禁門の変で長州兵が境内に逃げ込んだ。
- 1867年、妙蓮寺は仏立講を支持し、本能寺・本興寺と対立したが、同年に和解した。
近代(1872年~1898年)
- 1872年、妙蓮寺を含む五山が「本門八品五山規則」を制定し、廃仏毀釈に対処した。
- 1876年、五山は日蓮宗八品派となり、一管長制を敷いた。
- 1898年、本門法華宗と改称した。
昭和時代(1934年~1946年)
- 1934年、室戸台風で被災した西陣小学校の児童のため、本堂・方丈で授業が再開された。
- 同年、犠牲になった児童41人の供養塔が建立された。
- 1941年、本門法華宗は他派と合流し法華宗を結成した。
- 1945年、妙蓮寺は法華宗より離脱し独立した。
- 1946年、合同三派が解散した。
現代(1952年~1993年)
- 1952年、本門法華宗を立て、本山となった。
- 1993年、土蔵より平安時代後期の「松尾社一切経」3000巻が発見された。
文化財
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後深草天皇御宸翰法華経(重文)
鎌倉時代に第92代伏見天皇が、父・後深草天皇の遺書の裏面に法華経8巻を書写したもの。経巻を収める箱は中国伝来の沈金蒔絵で、両方とも重要文化財に指定されている。一部は京都国立博物館に所蔵。 -
本阿弥光悦筆「立正安国論」「始聞仏乗義」(重文)
江戸時代初期の芸術家・本阿弥光悦が、1619年に書写した書。日源の依頼によるもの。現在は京都の博物館に所蔵されている。 -
松尾社一切経(重文)
平安時代後期(1115~1143年頃)に書写された一切経。1993年に寺の土蔵から発見。松尾神社の神主とその子が願主となり書写されたもので、約3000巻が現存。江戸時代末期に行方不明となったが、1857年に当寺に寄進された。納められていた経櫃とともに1997年に重文指定。唐代の一切経に最も近いとされる。 -
長谷川等伯一派筆の金碧障壁画(重文)
安土桃山~江戸初期の絵師・長谷川等伯およびその一派による障壁画。「柳の図」4面、「鋒杉の図」4面、「松桜の図」30面、「桜の図」小襖4面を収蔵。豊臣秀吉の寄進と伝えられ、等伯の大胆さと子・久蔵の繊細さが融合した作風が見られる。 -
鉄燈籠(府指定有形文化財)
1606年、三条の鋳物師・道仁の作による鉄燈籠。江戸時代前期の代表的な鋳物文化財。 -
歴代将軍の御朱印
豊臣秀吉、徳川家康、秀忠、家光、家綱、綱吉、吉宗、家重、家治、家斉、家慶、家定らの御朱印が伝わっている。
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幸野楳渓筆「四季の襖絵(四季山水花鳥図)」
1981年に制作された、現代日本画家・幸野楳渓(豊一)による襖絵。奥書院の四間に設置され、銀地に「春の野」12面、「夏の池」8面、「秋の山」6面、「冬の川」8面が描かれている。幸野楳嶺の孫にあたる。
墓所
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幸野楳嶺(こうの ばいれい、1844–1895)
幕末から明治時代にかけて活躍した日本画家。京都画壇の重鎮として知られ、多くの弟子を育てた。妙蓮寺境内にその墓所がある。
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赤穂義士遺髪墓(寺坂吉右衛門)
赤穂浪士四十七士の遺髪を納めた墓がある。寺坂吉右衛門(1665–1747)は討ち入り後、伏見に住む同士・片岡源五右衛門(1667–1703)の姉宅に立ち寄り、遺髪を託した。1704年、主君の三回忌にあたる旧暦2月、姉が妙蓮寺に墓を建立したとされる。2002年2月に再建された。
行事
- 節分会・星祭り(2月3日)
厄除けと開運を祈願する法要。豆まきや星祭りが行われ、多くの参拝者が訪れる。 - 春季彼岸会(3月)
春分の日を中心に、先祖供養の法要が営まれる。 - 春季大法要(4月12日)
本尊への感謝と祈願を込めた大規模な法要。多くの参拝者が訪れ、盛大に執り行われる。 - 盂蘭盆会(8月16日)
先祖の霊を迎え供養する仏教行事。灯籠流しや読経が行われ、祖先への感謝を表す。 - 秋季彼岸会(9月)
秋分の日を中心に、先祖供養の法要が営まれる。 - 虫干展・寺宝展(9月中旬の3日間)
寺院に伝わる貴重な文化財や仏具を一般公開する展示会。保存状態の確認と共に、広く文化財の価値を伝える。 - 御会式万燈会(10月12日・13日)
日蓮聖人の御命日に合わせて行われる法要。万灯行列や読経が行われ、宗祖への感謝と報恩を表す。 - 御開山会・歴代法要(11月10日)
妙蓮寺の開山と歴代住職を偲ぶ法要。寺の歴史を振り返り、感謝の意を表す。 - 歳晩会・除夜の鐘(12月31日)
一年の締めくくりとして行われる法要。22:30より整理券が配布され、23:30から除夜の鐘を撞くことができる。


